うつ病による障害年金専門社会保険労務士事務所

私もうつ病でした


From:山崎純平
草加のカフェより、、

実は、10年前、私はうつ病で苦しんでいました。
就職ができず、そのまま大学を卒業をしてしまったのです。

就職ができなかった理由として、
リーマンショックの影響で、就職氷河期ではあるというのも理由でしたが、
それだけではありませんでした。

実は、就職するのが怖かったのです。

自分は社会に出て、やっていけるのだろうか?
自分は打たれ弱いから、怖い上司にいじめられるのではないだろうか?
残業時間も多いし、土日も仕事をしないといけないのかな?

などなど、不安な気持ちに襲われていました。

OB訪問をすると、毎回のように、
・土日は仕事をしている
・長時間労働で、家に帰ったら、寝るだけ。
というお話ばかり聞きます。

だんだん、私の中で、
社会=辛い
という考えが確立しました。

そんな怖い社会に出たくない、就職したくない、という思いが強くなり、
就活のことを考えると、無性に動悸がしました。

「働きたくない」とは、家族には言えず、
「就職先が見つからなかった」と嘘をついていました。

もし、本当のことを言ったら、
「そんなこと言ったって、働かなきゃダメでしょう」
と言われるのが目に見えていました。

人には言えず、本当に辛かったです。

大学卒業後、やることがなく、生きている価値を見出せませんでした。

きっと今頃は、周囲の友達は普通に働いていて、給料をもらっているんだろうな。
このままじゃダメなのはわかっているけれど、働きたいという思いが出てこない。
結婚もできない。
朝が来るのが怖い。
俺の人生終わった。

そんな思いから、大学を卒業した翌月の4月に、家を飛び出しました。
春の陽気とは裏腹に、私の気持ちは沈んでいました。

はっきり言って、死に場所を探して放浪をしていたのです。
「このままじゃダメだ」という生きようという気持ちがあるのですが、
現実を考えると、生きたいと思えないのです。
働かなきゃ働けない・・・

どうしようもなくなり、放浪したのでした。
正気を失っていたと思います。

8時間くらい歩き回ったでしょうか。

歩き疲れて、土手で休んでいたときのことです。

ふと愛犬の「コテ」の顔が浮かんだのです。

 

 

コテの顔が浮かんだとき、
「死にたくない」と純粋に思ったのです。

コテに会えなくなるのはいやだ!

そう思えたとき、家に帰る決意をしたのです。
家に帰っても、働くことへの不安はありましたが、
コテのことを考えたら、徐々にですが、気持ちが落ち着いてきました。

大学卒業後から1年経ったところ、就職をすることができました。
就職した会社は、とても優しい方ばかりで、
私が考えていた不安なことは起こりませんでした。
少しずつ、私の不安も解消され、症状も回復しました。

本当にコテのおかげで、今の私があります。
死ななくて本当によかったです。

あなたは今、本当に辛いと状況だと思います。

私たちがあなたの力になります。
あなたが障害年金を受給できますように全力でサポートをしますので、
お気軽にご連絡ください。

 

PS:コテは、今年で10年目になります^ – ^
長生きしてもらえるように、お世話たくさんします。




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